バイオリンと縁のない生活をしている人でも知っているストラディバリウス。
2011年に日本音楽財団が出品したストラディバリウスが約12億7,000万円で落札されたり、ZOZOの前澤(元)社長が10億円で購入したりと、話題になりました。
一般人にはちょっと想像もつかない価格ですが、この比類のない楽器を生み出したストラディバリはどんな人物なのでしょうか。
そして、なぜ、そこまで有名で価値あるものなのでしょうか。
ストラディバリウスとは
ストラディバリウスは、イタリア北西部のクレモナ生まれのバイオリン職人アントニオ・ストラディバリが製作したバイオリンのことです。
17~18世紀にかけて製作され、現在ストラディバリ製作のバイオリンは世界に約600挺(ちょう)程しか残っていません。
1689年までに製作されたものは、アマティモデルと言われ、師匠のニコロ・アマティの影響を受けています。
この時期にすでに非の打ちどころのない完成形を打ち出しています。
黄金期、円熟期、そして晩年期とそれぞれの時代ごとに手法や形状が異なります。
製作者アントニオ・ストラディバリについて
アントニオ・ストラディバリは1644年にイタリアで誕生したと言われています。
1667年からニコロ・アマティというバイオリン製作者の元で技術を学びました。
ニコロ・アマティは優れたバイオリン製作者で、ストラディバリの他、アンドレーア・グァルネリ、ヤコブ・シュタイナーなど名だたるバイオリン製作者が彼の弟子として修業していたようです。
名工として名をはせたストラディバリは、王家や貴族からの注文をたくさん受け、その生涯で約1200~2000挺ものバイオリンを製作したとも言われています。
数は少ないですがヴィオラやチェロも手掛けています。
ストラディバリは2人の息子と共にバイオリンを製作していましたが、彼の死後は後継者がおらず、残念なことにその製法は永遠に失われてしまいました。
ストラディバリウスが有名な理由
ストラディバリウスが有名になった理由は多くの条件の重なりもありますが、大きくはこの3つと考えられます。
- 量より質を選んだこと
- 素材の希少性と経過年数
- バイオリンの機能的先見性
量より質を選んだこと
ストラディバリの時代はバイオリンが世に広まった全盛期で、音楽家たちも増え、王室や貴族はおかかえの演奏家のためこぞってバイオリンを買い求めました。
ともなって、量が必要になったものですから、多くのバイオリン工房は質より量を重視しました。
そんななか、ストラディバリは師匠アマティの突出した技術を用い、量より質の高い優れた楽器を作り続けたことから、価値ある品として当時から扱われ、現在に至るのです。
その音色は明るく澄みきり、特に高音の音色の美しさは他に類を見ません。
ストラディバリウスやアマティ、グァルネリなどのオールドバイオリンの魅力はその希少性だけでなく、音色の美しさや、美しい曲線美にあります。
素材の希少性と経過年数
バイオリンの表面板はスプルースという木材を使用しており、良い反響音を生みだすために重要な役割を果たしています。
そのスプルースが良く乾燥することにより、反応の良い良質な音響効果を生みだすのですが、そのスプルース材が最も良く乾き硬度が増すのが伐採から330年と言われています。
現在は、機体により差異はあるものの、330年近い経過年数を経たタイムリーな時代と言えることから、価値が一段と高くなっていると言えます。
バイオリンの機能的先見性
当時の貴族たちが求めた楽器はお抱えの室内楽団のような形で、近距離でのバイオリン演奏を目的としていた時代でしたが、より多くの人々にバイオリンが楽しまれるようになってから、大きな会場で使用することが多くなっていきました。
そこでバイオリンに求められたのが「音量」や「包み込むような甘い音色」で、ストラディバリは早くから、このことを意識し、より大きな音を、より美しく響かせるバイオリンの構造や製作方法を追求したことも大きな要因であり、ガルネリウスなどもこの影響を大きく受け、音量を更に突き詰めた結果がガルネリの作品全般にも垣間見えます。